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看護師からあなたへ。今すぐ始めて欲しい〇〇

はじめに

 

いつもは英語についてゴリゴリ書いてる私ですが

 

今日は、思う所があったので、「死ぬ前に何をすべきか」について
看護師の視点から書いていきたいと思います。

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当方、某大学病院で看護師として勤務しておりました。
VIP病棟や外来、緊急処置などに関わっておりました。

 

看護師として見てきた人の「死」

 

そこでどうしても避けられないのが、
「患者さんの死」です。

 

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私が関わったのが、超急性期だったため
たったの数年ですが、、ご家族と共に、患者さんの最期を見届けたのは、
100人は越えたでしょうか。

 

お金持ちも、そうでない人も。
家族から絶縁されて、一人の人も、

慢性的に「その時」がくると分かっていた場合も
突然意識不明になり、会話もできないままに逝ってしまう場合も。

皆平等に「死」は訪れます。

 

死の瞬間だけは、誰も選べないのです。

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家族の反応から分かる「死」の受け止め方

 

様々な「いのち」の現場を見てきた私ですが
ご家族の反応から、大きく2つのパターンに別れます。

 

亡くなったあとに、誰も悔いが残らない「満足のいく最期」か、そうでないか。

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医療者の方はわかると思いますが、入院時にはもしもの場合を考えて、ご家族に「急変時はどう対応しましょうか」という相談をします。

 

フルコースで、何がなんでも救命措置をするのか、
心臓マッサージや挿管をせずに、安らかに看取りたいのか。

ちなみに、現在の法律では気管挿管をした場合、例え「脳死」と診断されてご家族が望んだとしても抜管はできません。

 

いわば、究極の選択でしょう。

 

「究極の選択」を今しておく

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今回私が話したいのは、この

「究極の選択を、今話しあっておいて欲しい」ということです。

 

 

究極だからこそ、答えはないし、選べない。
患者さんのご家族が、あとで医療スタッフに「私たちの出した答えは正しかったのか」と聞いて下さることがあります。

 

でも、「いのち」は一度きり、次はないこそ
答えもないのです。


それもあってのことでしょう。
誰もが、自分の身内の「死」について、
おおっぴらに家族内で話すことを避けているようです。

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「だって縁起が悪いし
そんなこと、例え話でも考えたくない」

 

その気持ちはものすごく分かります。

 

でもね。

 

 

次の事例を見て下さい。
(あくまで例です。)

 

よくある事例

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50歳男性
会社員, 既往歴なし

 

勤務先で突然倒れ、
脳梗塞疑いにて総合病院に救急搬送される。
家族が呼び出され、1番にかけつけた妻が担当医から説明を受ける。

 

「今蘇生措置を行えば、一命は取りとめるかもしれませんが後遺症は残るでしょう。全身不随になるか、半身不随になるかは意識が戻ってからでないとわかりません。」

(付随=自力で動かせなくなる状態。麻痺状態。)

 

「どうしますか」

妻「えっ・・・ちょっと私一人じゃ決められないからお義母さんを待ってから・・・」

 

本人の母親到着後、更に父親を待つことが決まり、そこでやっと話し合いが行われるも決着がつかず。発症から3時間が経過。

やっと、「じゃあ・・・できるだけのことをお願いします」

 

ご本人は、一命をとりとめましたが「全身麻痺」状態です。

 

現状、ご家族のみでご本人の介護はできないため、デイサービスと短期間のステイを利用し、訪問介護、訪問看護を導入することとなりました。

 

ご本人は自分の状態を受け入れられず、「どうしてこんな状態で・・・」と嘆き、ご家族は「もっと早くに決めていれば」と後悔し、今でもその思いは続いています。

 

 

・・・

結果が出た後の後悔

 

これは私の作ったストーリーなので現実のものではありませんが
ほぼ同等、もしくはそれ以上のケースが実際に医療現場ではよく起こっています。

 

本人が「もしもの時」にどうしたいかを誰も知らなかった―。

「死ぬ」ことは、全員例外なく、必発で起こります。それを恐れるあまり、誰もが避けて避けて、話すことすらしなかった結果、

急変で既にパニック状態な脳で、非常に重大な決断を迫られることになるのです。

 

自分の「リビング・ウィル」を話し合う

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だからこそ。

先に、「もしもの時」に備えて、
家族に自分の気持ちだけでも話しておきませんか。

 

これを、『リビング・ウィル』といいます。

もし自分の意識がない状態になってしまった時。
自分はどうしてほしいのか。
臓器提供はするのか、しないのか。

 

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私は、家族全員の「もしもの時にしてほしいこと」を知っています。

逆に家族も、私に何かあった時に「私がどうして欲しいか」を知っています。

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身内に突然の事故や脳卒中なんて起こって欲しくない。
でも、無いとも限りません。

私たち医療スタッフは1秒を争うその瞬間で、今までの学術的知識、経験知、臨床知見全てを集結して患者さんの治療にあたっています。

 

その時に、ご家族は、ご本人は何を願うか。
現代の医療は、「命をつなぎとめること」だけが最善最良ではなくなってきています。

 

例え自分が亡くなろうとも。
ご家族が「これで本人の希望は果たせた」と思えるなら、
それだけで満足のいくものとなりえましょう。

 

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終わりに

誰かが死ぬのは、悲しい。
私だって、いつまで経っても慣れません。

 

せめて最期のその時に、ご家族の方々が泣きながらも「でも、これで良かったんです」と言えるような、そんな環境を提供できれば。

 

私たちは、冗談や理想の一切きかない、
命に関わる仕事だからこそ、切にそう願っています。

 

あなたたちの「最善」は、何ですか。

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ぜひ、一度家族で話し合ってみてください。

 

オーストラリアより、愛をこめて。

Lily

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